大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)2125号 判決

被告人 金沢弘

〔抄 録〕

論旨は原判示第二の事実につき原審の事実誤認を主張するものである。よつて按ずるに、原判決挙示の関係証拠並びに原審において適法に証拠調を施行した被告人の検察官に対する昭和三十七年一月十二日付供述調書を仔細に検討し、当審における事実取調の結果を参酌すれば、本件犯行時における被告人運転の自動車の速度の点については、所論のごとく、被告人は原判示船木巡査が自車の前方を約五メートル先行しながら右手を挙げて停車を命ずる合図を送りつつ京浜急行電鉄浦賀駅前ガード下附近に誘導しようとした際右停止命令を無視して逃走しようと決意し、そのまま停車しないで同巡査を自車の前部で押しながら進行を継続し、漸次時速約十五キロメートル加速し、遁れようとする同巡査の右足首を路面と前部バンバーで狭んだまま、約二十メール進行して同巡査を自車のポンネツトの上に掬い上げ、更に同巡査を振り落そうとしてじぐざぐに約三十メートル進行した上同自動車に急ブレーキをかけて同巡査を左側路上に転落させたことを認めるに十分であつて、原判決が右加速の時期を被告人の運転する車を巡査が接触した時点の前後何れとも判断し難いとなし、結局その時期を被告人が同巡査を自車のボンネツト上に掬い上げ仰転せしめた後であるとしたのはまさに事実を誤認したものといわなければならない。原判決は時速約五キロメートルの速度を以て同巡査が「駈け足」で車と平行して進める程度の速力であるがごとく判示しているけれども、時速約五メートルの速度はおおむね成人の通常歩行の速度と殆んど変らないことは経験則上明らかなところであり、また時速約十五粁の速度が成人の駈け足の速度と大差なきことも同様吾人の経験則上明らかなところである(当審における現場検証終了後横須賀市八幡久里浜東京電力株式会社横須賀火力発電所構内において本件加害自動車と同型自動車を用いて時速五キロメートル、十五キロメートル、二十キロメートルの速度で運行せしめ、これに前記船木巡査を立会わしめて自動車の速度と同巡査の歩行、駈け足の速度とを比較検討した結果に徴しても右認定に誤りは認められない。)から、原判決の認定はすでにその前提において誤りを犯しているものといわなければならない。しこうして、被告人の本件未必の殺意の点についても、原判決は被告人が逃走を決意し同巡査を自車のボンネツト上に仰転せしめる以前に時速五キロメートルから十五キロメートル加速したことが認められない以上被告人において同巡査を押し漸進することが極めて危険な行為であるとの認識があつたとしても反面同巡査が逃避するものとの期待があつたとも考えられるのであるから同巡査轢死の結果までを認容したと断ずる状況としては十分でない、としているけれども、被告人は、前記認定のとおり、逃走を決意するや自車の速度を時速約十五キロメートルに加速し、船木巡査をして必死に駈け足をして遁れようとしても遁れ得ず、その右足首を路面と前部バンバーで挾んだまま約二十メートル進行して同巡査をボンネツト上に掬い上げ、更に同巡査を振り落そうとしてぢぐざぐに約三十メートル進行した上急ブレーキをかけて同巡査を左側路上に転落させたものであつて、その間同巡査をして自車のボンネツト上に仰転させ、同人が危険を感じて必死に掴んでいたバツクミラーも切損し、かつ助けてくれと絶叫せしめるに至つた程の危険を感ぜしめ、ついに急ブレーキをかけて同人を路上に転落させ原判示のごとき治療三カ月以上を要する傷害を負わせたものであることは記録並びに当審における事実取調の結果に徴し明らかなところであり、被告人においてその所為が極めて危険な行為であるとの認識があつたことはもとより、同巡査があるいは車の前方に倒れて轢殺することのあるべきことをも予想し得た状況にあつたことは十分にこれを窺い得るところであつて、以上の各証拠並びに被告人の検察官に対する昭和三十七年一月十日付及び同月十二日付各供述調書によれば本件所為につき被告人に未必の殺意があつたことを認めるに十分であるから、原判決はこの点において事実を誤認したものというべく、この誤りが判決に影響を及ぼすべきことは明らかなところであるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

(藤嶋 山本 荒川)

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